Novel


>太陽(コロナ)の祭典

 >>Coma Berenicesは夢をみる





  私とベレニケが、アベル様の付き人に過ぎなかった幼き日のこと…

■Coma Berenicesは夢をみる■





キタラの音の微かな乱れ。
それは…降り注ぐ日射しに僅かながらも翳りを感じたのと、ほぼ同時であった。

アベル様の御前に控える場合は、常に頭(こうべ)を足れていたが、失礼を承知で目線だけを上げる。心無しかお顔の色がすぐれないようだ。隣に視線を移す。ベレニケもこちらを見ていた。同じ事を考えていたか。

互いに頷き合い、筆頭である私が声を上げる。
「恐れながら、アベル様…」

発言の続きを許された。
「神殿へ、お戻りになられますか?」
「…そうすることにしよう」


アベル様が太陽神となられてから初めて「食(εκλειψις)」が始まる。地上をあまねく照らす太陽の前を月が掠めて行く。全く…月の女神も無茶な事をする。



ご寝所で休息(やす)まれているアベル様。その側に控えていたはずのベレニケが、真っ青な顔で神殿の入口に現れた。

「ベレニケ!?何故アベル様のお側を離れた!」
「どうしようアトラス…アベル様がお辛そうなんだ!」

動揺していて顔色が悪いだけでなく、口調まで年齢相応になっている。

確かに私も心配していた。ここディグニティ・ヒルに満ちる、大きく暖かく揺るぎないアベル様の小宇宙が、微かに震えているのを感じていたから。今迄、こんな事は一度たりとも無かった…


未知なるものへの恐れが、己れの心の中で肥大化してゆく。どちらかが相手を落ち着かせるには、お互い幼な過ぎた。

倒けつ転びつ、ご寝所の入口まで駆けて行き、不安で顔をクシャクシャにしながら私たちは祈った。いや、何も出来ない小さな子どもには、祈るしか無かったのだ。





「………お前たち、何を泣いておる」
「アベル様!!」
「お身体は?お身体はもう!?」

頭(こうべ)を垂れることも忘れ、涙の滲んだ瞳で、食い入るように太陽神を見上げる。アベル様の顔(かんばせ)に戸惑う様な表情が浮かぶ。それで二人とも我に返った。

「「あ………も、申し訳ございませんっ!!」」


失礼な、大変失礼な事をしでかした。幾ら子どもでも、神々に仕えるべく選ばれた身。この先、どんな罰が待っているか…。

私たちは再び不安に震えながら、神殿の床に額を付けて詫び続けた。



「心配…してくれたのだな」
少し、笑いを含んだ様なアベル様の声色。


「食(εκλειψις)は済んだ。

 …行くぞ」

(え?怒ってらっしゃらない??)
“きょとん”とした表情で互いに見つめあう。


すぐには状況が飲み込めなかった私たちに、またお声がかかった。
「何をしている。
 お前達は、私の従者ではないのか?」

「「は、ハイ/// どこまでもお供いたします!!」」





それから間もなくだ。我等二人をコロナの聖闘士にーという話が持ち上がったのは。私たちは二つ返事でそれを受けた。

「コロナの聖闘士になることで、お前達には辛い宿命を背負わせてしまうやもしれぬ…」

アベル様お手ずからコロナの聖衣を賜る際、そう仰っていた。だが無力感に打ちのめされていた、あの食(εκλειψις)の時以上に辛い事など、有りはしない。





「Αςφαλης Κουκούλι !」
アベル様の居られる太陽神殿を、細い金の糸が優しく包み込んだ。

「今度は皆既だそうだ。この前とは訳が違うぞ、抜かりは?」
そう尋ねた私に、ベレニケは“無駄な事は聞くな”とばかりに不敵な笑みを返す。

「アベル様に仕え、お守りすること。
 それが我等コロナの聖闘士の使命ー」


 アノトキ ノ ムリョク ナ コドモ ハ モウ イナイ ………



作成日:120529
 再録日:130127

「Coma Berenicesは夢をみる」あとがき(別窓が開きます)



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