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>>ひまわり





ひまわり


長い長い十二宮の階段を、真夏の太陽に照らされながら一歩一歩登って行く。朝方とはいえこの日差し。白い石段に日光が反射し、目が眩みそうだ。

「朝一番のバスに乗ったのになぁ…」

今日8月16日は、エアにとって大切な人ーアイオリアの誕生日だ。夜行バスを利用する程の距離でもなく、当日朝一番のアテネ行きバスに飛び乗ったのだった。


盛夏ー遺跡発掘作業はピークを迎えていた。自分を含む学生たちは教授らの手伝いもあって、休日返上で発掘現場に張りついている。何とか頼み込んで1日休みをもらい、アテネまで戻って来た。聖域に足を踏み入れること自体、数週間振りとなる。それでも明日には現場に戻らなければならない。



そうこうしているうちに、5番目の宮に辿り着いた。

「ただいまー!」

獅子宮の入口で声をかける。

「エアさんお帰りなさい〜!」

元気よくリトスが飛び出して来た。お皿を何枚も抱えている。パーティーの準備もたけなわらしい。エアは急いで自室に荷物を置くと、手伝いをすべく台所に駆けつけた。



「お帰りエア」

相変わらずてきぱきと陣頭指揮をとるガランが声をかけてきた。

「ガランさん、ただいま。
 お誕生日おめでとうございます!当日に戻れなくてご免なさい」

「有り難う。こうして元気な顔を見せてくれるだけで嬉しいよ。

 それより、こちらの手伝いはいいから、早くアイオリア様に逢いに行っておあげ。昨日から難しい書類とにらめっこしたまま自室に居られるはずだから」

「でも…」

躊躇するエアだったが、殆ど準備は整っているから大丈夫と、現役従者2名に促され宮主の部屋へと向かうのだった。







「アイオリア様〜」

ノックをしても返事が無い。「失礼します」と断りを入れながらドアを開ける。だが部屋はもぬけの殻だった。

ガランに小宇宙を探ってもらう手もあったが、忙しいだろうに気を回してくれた彼の手を煩わすのも心苦しい。「勝手知ったる獅子宮」とばかりに、アイオリアが行きそうな場所を探し始める。


ほどなくして北側に面した建物の陰に彼を見つけた。しかし小宇宙を察知してこちらを振り向いてくれるはずのアイオリアはピクリとも動かない。近寄れば、案の定うたた寝の真っ最中。但し、彼の名誉の為に言えば「難しい書類」とおぼしき紙束は、しっかり両手で握っている。





「わぁ〜睫毛バサバサ。………う、ちょっとくやしいカモ」

少しでも早くお祝いを言いたいのは山々だけど、これ幸いとばかりに彼の側に腰をおろし、普段は恥ずかしくて、じっくり眺めることなど出来ない寝顔を観察。

『こんなチャンスを与えて下さって、感謝します女神…!』


日差しは強烈だが、物陰に入るとひんやりとしている。ひまわり畑を風が吹き抜けるかのように、アイオリアのちょっとクセのある髪を揺らす。エアは飽きもせず彼を見つめていた。





「………う…ん………」

残念、目を覚ましたようだ。しかしそんな気持ちを悟られないよう、とびっきりの笑顔で応える。


「………あれ…エア………?」

「おはようございます、アイオリア様。
 ただ今戻りました」





恋人が帰って来た事にも気づかずにいたことを恥じたのか、アイオリアの頬がほんのり赤くなる。

「みっともないところを見られてしまったな…」


久し振りに見る、その照れたような微笑みがエアの心を熱くした。

『私…この笑顔が好き…

 アイオリア様が大好き………!』



この時代に産まれてきてくれてありがとう。
こうして同じ刻を過ごせて嬉しい…
そんな気持ちを込めて彼に伝える。


「アイオリア様お誕生日おめでとうございます。

 私…貴方に出会えて幸せです」



「…有り難う」

一瞬、真顔になったアイオリアが、今度は太陽に向かって咲き誇るひまわりのように笑う。
「幸せ者は俺の方だよ…」


そう言ってゆっくり彼女を抱き寄せる。ふたつの影はひとつになった。
心地よい風が二人の髪を、ただただ揺らし続けていた。



[作成日:090816]



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