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>>HOME〜安らぎの場所





アテネの北西、バルカン半島を縦に貫くピンドス山中での任務を終え帰還したアイオリア様は、一人の子どもを連れていた。



HOME〜安らぎの場所


「今日からこいつも従者に加えっから。ガラン、必要書類を用意しといてくれ。任務完了の報告時に一緒に持ってくからサ」

帰ってくるなり、イキナリそう宣言するアイオリア。
『エアの時もそうだった』と、ガランは敢えて口を挟まず拝聴した。

「おい、自分の名前言えるな?」
まだ聖衣姿のアイオリアは、宮の入口で唖然として突っ立っているリトスに自己紹介を促した。

「あっ!はい。リトス・クリサリスです。宜しくお願いします!!」
ペコっと頭を下げる仕草に、ひたむきな性格を感じる。

「「こちらこそ宜しく」」
先輩従者二人は、揃って膝を曲げ、目線をリトスに合わせた。

「こっちがガランで、こっちがエア。分からないことがあったら、この二人にどんどん聞くんだぞ。
 じゃオレ、汗流してくるわ。こいつ、親父さんが亡くなってからロクなもん食べてないみたいだから、旨いもん食べさせてやってくれ」

そう言い残すと、手をひらひらさせて主宮へ去っていった。
さらりと爆弾発言を繰り返す獅子宮の主。
『“父親が亡くなった後”と言うことは、母親も居ないのか?』そう悟った二人は、思わず顔を見合わせる。


「ガランさん、書類って時間かかりますか?」
「いや、そんなに難しくはないんだが、何せ滅多に書かないものだから書き方を覚えているかどうか…」
「あはは…;そうですよね。
 では、私がリトスちゃんの食事を用意しますので、そちらをおまかせします」
「ああ、頼んだよエア」


「さ、まずは食事をしよう!冷たい前菜しか用意出来ないけど、すぐに夕食の準備にとりかかるから、ちょっとだけ我慢してね」

エアは右手を差し出すと、リトスと手をつないで食堂へ向かった。歩きながら尋ねる。
「リトスちゃんは嫌いな食べ物ある?」
「いえ…」目をそらし口ごもる。

「遠慮しなくていいんだよ。元気を出すための食事なんだから、嫌いなものを無理に食べなくたって」

それを聞くと、目を伏せたまま小さな声で応えが返ってきた。
「セロリとピーマン…」

エアはクスクス笑い出した。
「あ、それアイオリア様と同じだね!」
「え?! 聖闘士さまにも苦手なものがあるんですか?」

リトスは聖闘士を「人の姿をした神様」だと思っていたので、目を丸くして驚いてしまった。
「ん〜、アイオリア様だけかもしれないけれどね。好き嫌い多いんだよぉ。
 あとガランさんにも弱いかな…?」悪戯っぽく微笑むエア。
「○△◇×…???」もうこれ以上開かない程、目をまん丸くしているリトス。

「でも“聖闘士は最強だ”って…」
「リトスちゃんは、聖闘士の話を知ってるんだ」
「はい、お父さんが沢山話しをしてくれました」
「私は逆に知らなかったから、『聖闘士』っていうだけで、大人達が何故皆ヘコヘコするのか、最初は全然分からなかったんだ」
「ええ”ー!!」今度は口まで開けてびっくりしている。

「だって、アイオリア様って見た目ただのやんちゃ坊主でしょ?」
「でも!父さんを安らかにして下さった凄い方ですっ!!」
立ち止まり、一生懸命アイオリアを擁護しようとするリトス。
彼女の抗議の声に動ずることなく、ニッコリ微笑んで腰を落とし、目線を合わせる。

「うん、そうだよ。凄い方なんだよね。
 アイオリア様の力をすぐに見抜いちゃうなんて、リトスちゃんは偉いよ」
エアはそう言ってリトスの頭を撫でると、再び歩き出した。

「エアさん…」
この人も、自分と同じ、いやそれ以上にアイオリアを大切に思ってる。
リトスは心の底から嬉しさが込み上げてくるのを感じるのだった。



二人は間もなく食堂へ到着した。
ミネラルウォーターをグラスに注ぎ、オリーブとフェタチーズを小皿に取り分ける。
そして、食べ易いように薄くスライスしたパン。

「それと…トマトは大丈夫だよね?」
「はい、大好物です!」

主をダシにして、エアはリトスの緊張をすっかり解いてしまったようだ。
トマトのイェミスタを追加で並べる。

「さあ召し上がれ」
「はい、いただきまーす!」

美味しそうに頬張るリトスの姿を見て、更に貯蔵庫から色々持ち出して来てはテーブルに並べていく。
食卓が賑やかになるのに比例して、笑い声も度々響くようになった。


「エアさんて、ボクよりちょっと年上なだけなのに、すっごく大人に感じるよ」
グラスを両手で抱えながら水を飲んでいたリトスが、瞳を輝かせながら言う。
「え?」初めてエアが動揺したように見えた。

「ホント凄いな、リトスちゃんは…」
難しい顔をして、リトスに顔を寄せるエア。

「実は私…ガランさんの歳に近いんだ。
 見た目はね、この時代に来た時に『こっちサイズ』になっちゃったんだけどね」
「へ?『こっち』って…」
「今から10年くらい先の時代からタイム・スリップしちゃって…。
 最初は、あり得ないことにパニックを起こしていたけど…聖域に連れて来られたら、他にも信じられないことばかり。
 何だか“タイム・スリップなんて大した事じゃない”って気持ちになっちゃった。ははは…」

笑い事ではない気がリトスにはするのだが、簡単に言われてしまうと「そんなものか」と思ってしまいそうになる。




「あーさっぱりしたー!」
私服に着替えた主が食堂に顔を出した。
リトスにつき合って何かつまみ食いをしようという魂胆らしい。

「おいリトス、ちょっと腹に入れたら、先に身体洗ってこい。お湯、まだ残しておいたから。
 今夜は主宮の風呂を使えよ。外はまだ寒いからな」

本来、宮の主人が使用する区域と、従者らが使える区域はしっかり分けられていて、設備も全く違う。
しかし獅子宮では、その辺りの線引きが緩やかなのは、宮主の性格に依るところが大きい。


「ガラン、まだかよ?
 よしっ、それ迄オレも腹ごしらえだ!」
「アイオリア様、教皇様に報告する前に何やってるんですか…」
「ん?書類が出来たらスグに行くんだから、気にすんなっ」
そう言いながら、皿の上のものを摘んでは口に放り込んでいく。

「分かりました。ガランさんが来るまで、ここで召し上がっていて下さい。
 私はリトスちゃんをお風呂に入れて来ます」
「ああ、頼んだぞ」


「さ、お風呂に入っちゃおうね」
「ハ〜イ!」
手を繋いで食堂から出てゆく二人の姿に、ちょっと複雑な表情となる獅子宮の主。

「あ…せっかくだから一緒に入ろっか?」
「わあ〜♪ボク背中流しますね!」
「ブッー!!」
派手な音をたてて、アイオリアが吹き出した。

「慌てて口に入れるからむせるんですよぉ〜。ちゃんと拭いておいて下さいね」
一瞬振り返ったエアは、主人の真意とはズレた反応を示して再び歩き出す。

「お、おい!待てって。何でお前が…」
「アイオリア様お待たせしました。これをどうぞ。」
絶妙のタイミングで筆頭従者ガランが書類を手に現れた。

楽しそうに歩いて行く二人を引き止めようとしていたアイオリアだが、ガランには逆らえず。
早く教皇の間まで報告に行くよう、獅子宮から出されてしまうのだった。





急激な環境の変化に心身ともに疲れたのか、湯上がりのリトスは欠伸を連発している。
そのまま自分の部屋に連れて行き休ませてから、エアは再び食堂へ戻ってきた。

「リトスは眠ってます。寝付くまで離れられなくて…
 ご夕食が遅くなってしまってごめんなさい」
「遅せぇ!!」

迎えてくれたのは、むちゃくちゃ不機嫌なアイオリアだった。
慌てて調理場に走る彼女をガランが制した。

「我々は先に済ませたから、急がないでいいよエア」
「え?」
任務の完了報告と、新たな従者の申請にかかった時間にしては短か過ぎる。


「『教皇はメディテーション中だ』って追い返されたんだ。
 まったくよぉ、そんなに年中籠りたいんなら、直接報告させるなっつーの!」
喜怒哀楽の激しいアイオリアだが、今夜は特に荒れているようだ。

「戻って来ても、食事の用意はロクに出来てねぇしよぉー。
 あーあ、今日はとことんついてねぇぜ!」

ずっとブーたれてる主人の前にデザートの皿を置くと、ガランは呆れたようにエアに話しかける。
「アイオリア様は、君がリトスとお風呂に入ったことで機嫌を損ねているんだよ」
「ばっ!ばか! /// 何言ってんだよ!!」

「仕事をサボるつもりじゃ…。あんな可愛い子だから、キレイにしてあげたくて。
 服が濡れてしまうだろうから、いっそ…と思ったから」
「だから、そんなこと怒ってるんじゃねぇって!」
「…じゃあ何をそんなに怒ってるんですか?
 アイオリア様、いつもより機嫌が悪そうです」
「うっ…そりゃ、お前ぇ、アレよ、教皇宮へ行ったのが無駄になってだな…」


やいのやいのと、獅子宮の食堂が賑やかになる。
己の勘違いに気がつかない二人の様子に、つい笑みをこぼしながらガランが声をかける。
「ではアイオリア様、そろそろ続きを。
 エア、食事をしながら一緒に聞いてくれるかい?
 リトスを保護した時の経緯を伺っていたんだよ」



アイオリアの説明を一通り聞き終わる頃には、エアは手にしていたフォークを皿に置いてしまっていた。

「リトスを託せる人が居なくて…心残りだったのでしょうね、お父さん」
「ああ。でも最後にはオレの決意を分かってくれたぜ」
「アイオリア様お一人では不安だったでしょうが、獅子宮には他にも頼りになる兄と姉が居ります故」
「何だとーっ!」
普段の生活態度を茶化すガランに、慌てて抗議するアイオリア。
それを見てエアの表情に明るさが戻ってきた。


ふと、入口に小さな人影が映った。
「あれ?リトス、何やってんだ?」
真っ先に気づいたアイオリアが声をかける。

ちょっと大きめな、エアの寝間着を纏ったリトスはペコっと頭を下げて言った。
「ボク、お父さんの所に行って来ます。
 ボクが近くに居ないと、お父さん心配するから」
「あ〜?何言ってんだよ。親父さんとは、ちゃんとお別れしただろ」

“訳が分からない”といった風のアイオリアを制し、エアはリトスに近寄り髪を優しく撫でた。
「リトス、お父さんはもう居ないんだよ」
「でも…心配してボクを探してるから!」
どうやら記憶が混濁しているらしい。

「リトスが楽しく幸せに暮らせるように、お父さんがアイオリア様に会わせてくれたんだよ。
 だからリトスはここにやって来た」

全ての悪意からその身を護るかのように、エアは少女を抱きしめて言った。
「これからは何が起ころうと、アイオリア様が必ず守って下さる。
 …だから大丈夫、安心して」



「エアのあれ、最強なんだよなぁ…」
テーブルに肩肘をついたままアイオリアが諦めたように呟いた。

「とんでもなく苦しい時も、心がすーっと楽になるンだ」
「左様で…? では私も、今度お願いしてみましょう」

ガランの言葉にハッとするアイオリア。
「ば、ばか! /// お前ぇにやろうとしたら、光速でひっぺがす!!」


獅子の瞳がふと柔らかくなり、入口の二人を映し出した。
「肉親失くしてんだもんな…

 ちょっと妬けるけど、今日のところは勘弁してやる」

“やれやれ”という表情のガランは、エアたちを見守るアイオリアの頭をポンポンと軽く叩いた。
『何だぁ?』という顔をした主を残したまま、リトスのためのホットミルク作りに調理場へと向かうのだった。






余談:「リトスが女の子である」とアイオリアが気づいたのは、
   この日から2週間も経ってからであった



作成日:080406



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