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>太陽(コロナ)の祭典

 >>Lynxは夢をみる





■Lynxは夢をみる■


肌に触れる空気が変わった。
土と植物の香りの混じった湿気のあるものへと。

「またやっちまったか…」
赤紫色のくせ毛の青年は、そう言うなり身を起こした。
周囲を見回す。緑の濃い、森の中に居るようだ。

彼の名はジャオウ。
太陽神アベルに仕えるコロナの聖闘士の一人である。


遥か昔、かつては人としての身体を持っていた彼も、
オリンポスの神々に奉仕するために選ばれた他の人間達と同様、
神々の食べ物を口にして以来、不老不死となっていた。

それと共に、不思議な力を発動するようにもなった。
時空跳躍…己の意思が介在しないまま精神体だけが飛んでしまう。
滅多に起こる事では無かったものの、気分的に落ち込んだ時は要注意だった。

「俺、やっぱ逃げてるのか?」
『困ったな』という感じで頭を掻きながら立ち上がった。
精神体なだけに、能力(ちから)のある者にしか見つかる心配はない。
元々細かい事を気にする性格でもなく、跳躍先での探索を楽しむ余裕さえ持っていた。


周囲の気配を探る。
動物のそれは感じるものの、人は居ないようだ。
近くにあった獣道に沿って傾斜を下っていくことにした。

周囲の木々は、ヘラスの地とは植生が全く異なっている。
それに生命力も強い。
「随分と遠くまで飛んだようだな…」


周囲をキョロキョロ見回しながら歩を進めているうちに、
大人2,3人が充分に横になれる空間に出る。
と同時に、すすり泣く声が耳に飛び込んできた。

これまで人の気配を感じなかったのに。
ギョッとして音の源を確認する。
『こども…?』

立て膝に顔を埋めて泣いているので顔つきまでは分からないが、
黒髪の、小さな子どもがそこに居た。
『何で、こんなチビが一人で…
 それにコイツ、どうやって気配を消してるんだ?』

「誰!?」
ビクッと身を震わせると、泣いていた子どもはジャオウの立つ方をキッっと睨み叫ぶ。瞳の色も髪と同じく深い黒色だった。


「お前、俺が見えるのか?」
先ほどの叫びは知らない言葉だったが、何を言われたかは想像出来る。
「ギリシア語…聖域の人?」
どの聖域のことを指しているかも大凡見当がつく。

「ああ、そんなところだ」
ディグニティヒルはアテナの治める聖域の最奥にあるから、あながち嘘は言っていないぞ、と自分に言い訳をしてみる。

「お前、俺の言葉が分かるんだな」
「先生が教えてくれます。聖域に行く時に必要だからって」
「聖闘士候補生か…」


「………。はい」
返事が随分と遅かった。
「先生にご用ですよね?ボク呼んで来ます」
「いや、いい。
 それより…何で泣いてたんだ?」

子どもの顔が真っ赤になる。
「先生には言えないことも、関係ない奴に相談してみれば、案外解決するかもしれないぞ」

さっさと話を切り上げて逃げてしまえば良いものを。
先程目が合った時に子どもの背後に浮かんだ小宇宙の形が気になり、ついつい首を突っ込んでしまう。


「それ、聖衣…ですか?」
突然何を言い出すのかと思いつつも、問いに「そうだ」と答える。

「ボクは…こんな小さな石さえ砕けない。
 先生の期待に応えたいのに…ボクは…ボク…」
足元にあった小石を強く握りしめながら、子どもはポロポロと涙をこぼす。

「あのなぁ〜 お前、まだ修行を始めてそんなに日が経ってないんだろ?」
筋肉の付き方や怪我の有無を見て、そう判断するジャオウ。

「でも…早く強くなって先生の力になりたい!
 先生と一緒に、皆を護れるように…」
「なれるさ」
「!! ///」
予言能力も無いのに、あっさり口にしてしまった。


「俺なんか、お前の二倍くらいの歳から修行を始めたんだぞ」
こんな饒舌な自分に、一番驚いているのは青年自身。
コロナの聖闘士になる前、似たような境遇の少年達を集めて徒党を組んでいた。その頃の血が騒いだのかもしれない。“面倒見が良い兄貴肌”との評判で、グループはその地方一番の大きさに育っていった。

「小宇宙の燃やし方すら、なかなか身に付かなかった。
 でも護りたい方が居たから辛くはなかったさ」


「お前はもう、護りたいものを見つけたんだから、
 あっと言う間に強くなるよ」
「お兄さん…」

身体が呼んでいる。そろそろ戻る時間が来たようだ。
「頑張れよ、リンクス!
 …俺はたぶん先代だ」
そう言うなり、青年は子どもの前からかき消すように居なくなった。



ジャオウが再び目を開けると、周囲の景色は見慣れたものに戻っていた。
“他の二人のような立派な血筋ではない”
“聖闘士歴も一番浅く、未だ正装姿にもなれない”
珍しくその事で気が滅入っていたのが馬鹿らしく思えてきた。

「あの小犬みたいな瞳にやられたなぁ」
昔の自分の姿が目に浮かぶ。アベル達一行に遭遇した後、強くなりたい一心で、あんな瞳で押し掛けたのだろう。苦笑いをしながらも、初心に返ったようで清々しい気持ちになっていた。

「礼を言うぞ。
 もう一人のリンクス…」



一方の子どもも、師のところへと戻った。
目の前で起こった事を伝えようとするが、本人も混乱していて上手く説明出来ない。
師ノエシスは弟子の髪をクシャっと撫でると微笑んで言った。
「聖域から使者が、ひとりで泣いているお前を励ましてくれたんだな」

真っ赤な目をしたままだということに気づいた子どもは、慌てて目をこする。頭に手を置いたまま、ノエシスは続ける。
「焦ることはないんだよ、レツ。
 少しずつでも強くなって、護れるものを増やしていこう」

“レツ”と呼ばれた少年の瞳が輝く。
「はい、先生!」


聖衣箱の山猫座聖衣が微かに震えた。



作成日:120317
 再録日:130127

「Lynxは夢をみる」あとがき(別窓が開きます)



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