>LIONTARI ILION >>ずるい貴方(ひと) 1 「なあガラン、今日の午前中エアを貸してくんない?見せたい所があるんだよ。」 冬の間、雨がちで寒い日々が続いていた聖域に、初春らしい穏やかな晴天が戻って来た或る朝のこと。獅子宮の宮主アイオリアが突然そんなことを言い出した。 「見せたいトコロ?」 「そんなに急ぎの仕事は無いので半日程度なら構いませんが、どちらへいらっしゃるおつもりですか?」 「ん、聖域の外れに見晴らしのいい高台があるだろ?昔3人でよく行った。」 それを聞くとガランは“ああ”という納得した表情になった。“3人”とは、ガランとアイオロス・アイオリア兄弟のことらしい。 「決まりっ!じゃエア、動きやすい服に着替えてこい。そしたら出発な。」 「動きやすいって…そんなに大変な場所なんですか?」 「ま、そうとも言うな。」 笑って濁されてしまい、詳しいことは聞けずじまいだった。 「アイオリア様、用意出来ましたー!」 「おう。」 そう言って、宮の中庭にあるオリーブの木陰から主が現れた。いつものギリシア服ではなく、現代風のカッコだ。白いシャツが陽光を弾いて眩しい。その胸元には、アイオロスの持ち物であったチェーンが下げられていることにエアは気がついた。 「あ、そのチェーン、ずっと身につけているんですか?」 それを聞くと、獅子は慌ててシャツの中に押し込んだ。そしてそっぽを向いて怒ったように言う。 「いーんだよ、まだ射手座の聖闘士は現れてないんだし。オレのお守りなんだから。」 赤くなっているので照れているのだろう。 「ところで、何いろいろ持ってんだ?」 「ガランさんから渡されました。10時のおやつと勉強道具。『どうせなら、夜の勉強会をそこでやっておいで』って。」 「あんのぉ馬鹿従者〜!!」 “無粋な奴め!”とプリプリしながら出発するアイオリアであった。 聖域の外れまでは歩きで行く。日常品の買い出し等で十二宮の階段を上り下りするようになってからは、この程度の距離で難儀はしない。しかしだ、目の前に立ちはだかるこの絶壁は!? 「もしかして…この崖を登るんですか?」 「そ♪」 青ざめて尋ねたのに、明るく笑って答えられてしまった。 「こんな所、登れませんってば! わあー!!」 アイオリアはエアをひょい!と抱き上げると 「オレが運んでやるから大丈夫だよ。」と、軽い足取りで絶壁に近い崖を飛ぶ様に登っていく。 さすがに目が眩む。エアは落ちないように、必死で主の首にしがみついていた。 「さ、着いたぜ。」地面に下ろされて、恐る恐る目を開ける。 「う わ あ 〜」美しさに言葉が詰まった。 乾燥していて白い岩肌ばかりの聖域なのに、ここだけは様々な色彩に満ち溢れていた。毛足の短い淡い緑の絨毯が敷きつめられたような土地に、何より多いのが芥子の赤。更に青系の色も混じったアネモネ。原種に近いアイリスが、小さいながらも“すくっと”立ち上がっている。そして同じく小型なマーガレットの白。 ちょろちょろと、水の流れる音がする。振り返ると小さな水溜まりサイズの泉があった。この水のおかげで、この一角だけが別天地なのだろう。その側にはエニシダの木が一本育っていた。朝方の、斜めから射す陽の光が水面に反射して、緑の葉と黄色い花を控えめに輝かせている。 「ここまで花が一斉に咲くのは、春先のほんの数日間だけなんだ。だから今日、お前に見せたかった。」 「本当に綺麗…。こんなにも緑豊かな場所って、こちらに来てから初めて見ました。」 アイオリアに促され、木陰に腰を下ろして二人同じ景色を見つめる。 「ちびの頃は一人でここまで登って来れなくて、兄さんやガランに連れて来てもらってた。」 「そんな子が、人ひとり抱えて登れるようになったんですね。」 「成長しただろ?オレも。」 二人は顔を見合わせて笑う。 「嫌な事があって、でもガランには落ち込んだ顔を見せたくない時は、いつもここに来てた。…何故か落ち着くんだよ、ココ。」 「………今でも、よくここに?」心配そうに尋ねるエア。 「いや、最近は滅多に来なくなったな…。 オレを信じてくれる奴がいるんだ。落ち込んでなんかいられないさ。」 そう言って笑顔を返す。 「ガランの言う通りにするのもシャクだけど、さっさと勉強しちまおうぜ。」 作成日:050828
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