「驚かせてやろう」なんて…
ちょっとした悪戯心からエアを腕の中に閉じ込めてみたけれど。
ビックリしているのは、むしろオレの方だ。
『エアって、こんな華奢だったか…?』
そりゃオレの方が背だって高いし、肩幅だってずっとある。
だけど、こんなに楽々と抱えられるようになるなんて…思ってもみなかった。
マ モ リ タ イ モ ノ
タ イ セ ツ ナ ヒ ト
ふいに愛おしさがこみ上げてきて。
でも、これ以上力を入れたら壊してしまいそうで。
代わりに彼女の全身を包み込むように静かに小宇宙を燃やす。
ありったけの想いを込めて。
『アイオリア様は時々意表をつく行動に出るなぁ…;』
お茶を運んで来ただけなのに「さてどうしたものか?」と考え込む。
『あれ?空気が暖かい…。これって小宇宙?』
接している背中から感じる体温以外にも、全身を覆うように伝わって来る安らぎに満ちた波動。
『太陽が守護星だからかな?日なたぼっこでもしているみたいに暖かいや。』
それを聞いたら彼は、たぶんこう応えるだろう。
「オレの人間性が現われてンだよ☆」と。
さっきまで困っていた事など忘れ、つい顔がほころんでしまう。
人は皆、生命の根源である小宇宙を持っていると聞いた。
聖闘士の修行をした者なら、例えその使い方を知らない者が相手でも、感じ取ることは可能だと。
ましてやアイオリア様は聖闘士の頂点に立つ黄金の闘士。
『伝わるかな、私の小宇宙。』
自分の顎の下で交差している堅い腕に、戸惑いつつも両手を添える。
小宇宙の燃やし方なんか知らない。
でも自分の気持ちを、想いを、言葉にすることなら出来る。
それがほんの一部に過ぎないとしても。
ア ナ タ ノ サ サ エ ノ ヒ ト ツ ニ ナ レ タ ラ
エアの小宇宙が腕の中で広がってゆく。
こんなにも優しいのに、オレに新たな力を与えてくれる…。
今なら、あの時の兄の言葉が理解出来る。
男が命を懸けて守るべきもののことを。
あの頃のオレはまだガキで、アイオロスが、そしてガランがいるこの聖域が世界の全てだった。
しかし、ガランやエア…次第に大事な“家族”が増えてゆき。
更に、聖域外での任務が多くなるにつれ知った。
俺たち聖闘士の力を必要としている、数多くの人々の存在を。
『兄さんゴメン。大切なモノ、沢山になっちゃったんだ。
でもきっと喜んでくれるよね。』
どのくらいの時間が流れたのだろうか。エアは突然のけ反りそうになり、慌てて前屈みになった。すると今度は、そのまま崩れ落ちそうになる。
「え?えっ?ええー!?」
アイオリアの全体重がのしかかってきているのだ。いくら見た目が細くても「全身筋肉」と言っていい程の鍛え方。その重さたるや、普通の女性が耐えられるものではない。
「ア、アイオリア様どうし……………寝てる;」
一気に全身の力が抜け、アイオリアを背負ったような状態で倒れ込む。
「痛たたたた…。はっ!アイオリア様、お怪我は!?」
動かせる首だけで振り返り、主人の安否を確認しようとするも
「……………駄目だ、熟睡してる。」
こんな場所に朝まで居たら、さすがの黄金聖闘士でも風邪をひいてしまうだろう。ガランでもなければ、眠り込んでいる主人を運ぶことは出来ない。エアは彼を呼びに行くためにアイオリアの腕を外そうとするが、固く組まれていて緩めることすら出来なかった。
『こ、これは色んな意味でマズイ…。』
「とにかくぅ 少しでも 居住区に近づいてぇ 声に 気づいて もらうしか ないぃ〜(ぜえぜえ)」
半ば這うようにして、それでも目を覚まさない主人を引きずり引きずり、かろうじて前進する。しかし道のりは遥かに長かった。
「ガランさーん!たすけてー!!」(半泣)
何度目かの必死の叫びを上げた頃、なかなか戻らないエア(とアイオリア)の様子を見に来たガランに発見されたのだった。