>LIONTARI ILION>>天使の記憶 1 ひとつはあの夜のこと。 変わり果てた姿となった兄さんが、目の前に横たわっている光景は余りにも鮮明で… 目が覚めた時の気分は最悪だ。どちらが現実なのか分からなくなる。 もうひとつは…ふわふわと飛んでいる夢。 見えているのは見慣れた景色ばかりなのに、何故かとても懐かしい気持ちになる。 そして、起きたあと…無性に涙が出てくるんだ。 天使の記憶 「アイオリア様、今日の午後の予定に変更はございませんか?」 「…ああ。」 昼飯を食い終えたオレはガランにそう尋ねられ、不審げに返事をした。久し振りに外…アテネ市内まで気分転換に出かけるつもりだったから。「また何か用事を言いつけられるんじゃないか」と思っていたら、その通り。 「エアも一緒に連れて行って頂けませんか?彼女も聖域に慣れてきたことだし、そろそろ外界の出入りを覚えてもらおうかと。」 「え"ーっ!」 あ、思いっきり嫌そうな反応しちまった。ガランが真剣に困った顔をする。 「…そうですか。私が直接教えられれば良いのですが、どうにも時間が工面出来なくて…。」 宮主がいるのに、その従者が主人を放っておいて外出などしない。日々の買い出しですら、オレのトレーニング中に全て済ませているぐらいだ。獅子宮付きの従者になってから、ガランは丸一日休みを取ったことなどなかった。他宮には複数の従者が仕えているのに、この宮には…。 「ゴメンゴメン、突然だったんでビックリしただけだよ。いいぜ、オレがエアを案内してやるよ。」 「有り難うございます。エアにも伝えておきますので、時間になったらお呼び下さい。」 ガランはそう言うと、片付けた皿をまとめ調理場へと運んで行った。 そうだよな。エアが従者として一人前に働くようになれば、ガランも楽になる。そうすりゃもっと、長い休暇だって取れるだろう。ま、あいつ無趣味の聖域馬鹿だから、何もすること無いだろうけど! エアがこっちに現れた時、違う世界に独り放っぽり出された恐怖と不安で震えるあいつが、とても小さく見えて。それはまるで兄さんがいなくなった時のオレの様で…。「護ってやんなきゃ」と思って、つい従者にしちまった。でもそれでガランが楽になるんなら、オレの判断も捨てたもんじゃないよな。せっかくの外出だけど、1回ぐらい好きに歩けなくてもいいや…。 十二宮を抜け、聖域の門から外界に出るまでは市街地を通る。聖域に仕える者たちが生活する場だ。勿論警備の兵士たちも繰り出している。エアを連れていることだし、姿を見られて揉めるのも面倒だ。外歩き用の服の上からフード付マントをスッポリ被って、正体が分からないようにして出発した。 いつもの調子で歩いて正門の付近まで行く。「絡まれないように黙って付いて来いよ」と念を押そうと振り返ったら…あれ?あいつドコだ?何でちゃんと付いて来ないンだよ! 大声を出して呼ぶ訳にもいかず、あいつの気配を探る。いたいたいた。道のりを半分以上も戻った所で、アタアタと人ごみを避けつつやって来るエアを見つけた。 「のろのろと何やってんだよ。ちゃんとついて来いって言っただろう!」 オレの姿を目にして一瞬「ほっ」とした表情を浮かべたが、すぐに顔を引きつらせた。 そうなんだよな、こいつ。何でいつもそんなにビクビクする訳?ついムッとなって言ってしまった。 「ナンだよ、文句あんならハッキリ言えよ。」 するとヘンなギリシア語で言い返された。ガランが教えてるんで丁寧なんだが…。 「アイオリア様、早口。もっとゆっくり言って下さい。…でも怒っていること分かります。」 「あ…;」 ヤバイ、すっかり忘れてたよ、こいつ普通の人間だってこと。オレのスピードじゃ、ついて来られないよな。それにギリシア語、最初は全然分かんなかったんだっけ。 オレはガランがそうしているように、意識してゆっくりと声に出した。 「悪りぃ。今度はゆっくり歩くから、ちゃんと付いて来いよ。それと正門ではヘタにしゃべるな。」 エアもちゃんと分かったらしい。ちょっと驚いた顔をしてコクンと頷いた。 情報や物資などの点で外界との接触はあっても、出入り出来る人間は厳しく制限されている。何より聖域を脱走したものには死の制裁が与えられるのだから…。オレが割と頻繁に外へ出られるのも、黄金聖闘士であることが大きい。 正門警備兵の前で一人フードを上げ、2名の通過を告げる。時折嫌みのひとつやふたつを言われることもあったけど、敢えてちょっかいを出してくるものはいなかった。…今日までは。 見慣れない連れに興味を持ったらしい兵士の一人がエアに所属を問いただす。オレは間に入り、獅子宮に仕える者であると伝えた。しかしそれだけでは納得せず、彼女の腕を掴み詰め所に連れて行こうとする。 「何せアイオリア様の周りは裏切り者ばかりですからなぁ。こいつも何かしでかしたのではないですか?」 ………兄さんやガランを侮辱するのか…! 「言いたいことは…それだけか?」 声が上ずって、まるで他人の声を聞いているようだ。 「こいつは獅子宮付きの従者であり、オレの保護下にある。そいつに危害を加えると言うことは、獅子座の黄金聖闘士に対して拳を向けたと見なす。それだけの覚悟があるんだな…?」 兵士の腕をひねり上げ問いただす。わざと殺気を込めたので他の兵士たちはどよめき、気を感じ取れないはずのエアまでもが、オレの腕を押しとどめる。 分かってるさ。オレは自分の拳を、こういう時にふるったりしない。でも心の中には…完全には納得出来ていない自分がいる。 「申し訳ありませんでした。どうぞお通り下さい。」兵士たちが道を空ける。 オレは周囲をひと睨みし、エアを促した。 「行くぞ!」 こんな胸くそ悪いトコからは、さっさと離れるに限る。 「アイオリア様…」 オレは心配そうな声を無視して、急ぎ正門を抜けた。アテナの結界が途切れる付近まで来て立ち止まる。後ろからエアが小走りで追いついてきた。息を切らせながら話しかけてくる。 「アイオリア様、さっき有り難うございました。助けてもらったこと嬉しいです。」 やっぱ下手クソなギリシア語だなあ。 「お前は獅子宮の従者だ。主人が従者を護るのは当たり前だ。」 マントを脱ぎ捨てながらそう答える。エアが羽織っていたものとまとめて岩陰に隠した。 「これから結界を抜ける。外界への出方、ちゃんと覚えておけよ。」 作成日:051211
|